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恋愛結婚【3】決意に涙

金曜日, 4月 19th, 2013

再度会った彼女に「仕事をやめる必要はないので。。。」と初めに話し、実はどうも好きになってしまったのだということも伝えました。
彼女もあれから私のことが気になって仕方がなかったと、そんな嬉しいことを言ってくれました。
そうして結婚を前提とした付き合いが始まりました。
両親にも何度か会ってもらうことが出来ましたし、もちろん私も彼女のご両親にお会いしました。
ウチと同様商売人のご家庭で、串かつ屋です。
お兄さんが後を継ぐことになっているのでその点は問題なし。
とても楽しい和やかなご家庭で、彼女の気さくさとオオラカさは、この家庭で育ったからなのだなと感じました。

その日も彼女のご実家におじゃましていました。
私がお手洗いに立ち戻るところで、両親とお兄さん、そして彼女の話が耳に飛び込んできたのです。
「おまえ、仕事どうするんか?続けるんか?
相手のご両親の仕事、継いでやるべきじゃないんか?」とお兄さん。
「私たちもそう思うよ。
アンタでお役に立つかどうかわからんけど、精一杯するべきじゃない?」とお母さん。
お父さんは「広い家で、動物をたくさん飼うてもらえ。それが結婚指輪の代わりだ。」そう言って笑っています。
彼女の答えは「私、そのつもりよ。」でした。
「向こうのご両親にお会いして、とうの昔にそう決めてた。」

私は胸に込み上げてくるものを抑えきれず、襖の向こうから飛び出してしまいました。
「なんでも飼う、犬だって猫だってペンギンだって、なんでも飼うから、結婚してください!」
ご家族は「そんなに慌てんでも」と笑いながら「よろしくお願いします」と言ってくれました。

結婚の改めた挨拶の時、うちの両親は彼女の「弟子入りさせてください」という言葉に感激の涙を流していました。
「バカ息子が医者なんかになって継がないお陰で、可愛い弟子が出来た。
息子が弟子じゃ、面白くもなんともない。」
私も情けない話ですが、こらえきれずに涙を流してしまいました。
1年経ちました。
あの後3ヶ月でバタバタと結婚式をあげ、新居は私の実家の近くのマンションです。
こういう手配まで何でもかんでも相談所に任せてしまいました。
いま庭が広い家を建設中。
これはお互いの実家からもほど近い場所を選びました。
両方の家まで車で10分程度です。
私は開業の話もあったのですが、「そんな事されたんじゃ八百屋修行ができない」と嫁さんに断られ、私はこのまま勤務医で行こうと思っています。
志があって医者になったのですから、大学に残り続けるのは本望といえば本望なのです。

結婚相談所での出会いに、恋愛などはないと思っていました。
そんなことはありません。
私と嫁さんは、確かに恋愛結婚なのです。

恋愛結婚【2】出会い

金曜日, 4月 19th, 2013

そんなある日、母がメニエルで倒れてしまいました。
「ちょっと忙しかったからね。」と母というのですが、もう無理が効かなくなっているのです。
父は母が倒れたことでしょげ返っています。
いつも一緒に仲良くやって来た夫婦ですから、とてもショックだったのでしょう。
早く結婚してやらなきゃ。。。と焦りを感じました。
ダメモトだ、結婚相談所に入会してみよう。
出会いを待っていても遅くなるばかりで、両親を心配させるだけのような気がしたのです。

雑誌などで有名な結婚相談所へ入会したのですが、担当者からハイクラスパーティへの参加を勧められ、それをお断りしました。
その時に私の意思というものをお話しし、なぜハイクラスパーティじゃダメなのかご説明しました。
ちゃんとご理解下さり、ご自分で女性側のプロフィールをみて気になる女性と出来る限り直接会ってみる、これを勧めて頂きました。

学歴などではなく、明るく元気でかしこい女性。
それをプロフィールから垣間見るというのはなかなか至難の業のように思っていました。
しかし、そうでもないのです。
現在就いておられる職業というのが特異なものであれば、その人の志向とも言えますよね。
私はそこに着目しながら、アプローチする女性を探していました。

イルカのトレーナーをしている女性、この方が気になりました。
お会いして私は「この方とお付き合いしたい」と願ったのですが、どうしてもその仕事を捨てれないということでお断りを受けました。
八百屋の話をしたからです。
おかしな話ですが、お断りを受けたことが嬉しかった。
いや、その女性から断られたのはガッカリだったのですが、私の職業でOKするような女性にしか近づかれたことはなかったので、希望が湧いてきたんです。
これかきっと私が待ってる女性がこの中に居る!という確信でした。
断った彼女は、医者だからと受け入れるような人じゃなかったんだ!

方法としては、相手さんからのアプローチはほとんどお断りをしました。
私がアプローチをしたお相手とお会いすることにしていたのです。
しかし、どうしてもあのイルカのトレーナーの女性を忘れられません。
何人も何人もお会いしたんですが、どうしても彼女のことが頭から離れず、とうとう担当者に再度のお願いをしてしまいました。
「きっと断られるだろう。。。」そう思ったのですが、なんと再度お会いする承諾を頂いたのです。
その時の喜びで、私は自分が恋愛をしているということに気が付きました。
恋愛であるならば、アタックしかないのです。
両親に「八百屋が継げないがいいだろうか」と相談すると「バカじゃないの?ウチの八百屋のせいでそんないいお嬢さんを諦められたんじゃ死ぬに死にきれん。」そう両親は言ってくれました。
「八百屋は孫に期待するとして、まず孫を作ってくれ!」
ありがたい言葉でした。

恋愛結婚【1】職業が邪魔をする

金曜日, 4月 19th, 2013

私の属性というのは外科の勤務医38才男性。
これだけ聞けば「結婚相手なんかいくらでもいそうだ」と思ってくださる人も多いでしょう。
そうでもないんです。
医者だからと結婚されると、後が厄介なんですよ。
医者の嫁というものは、大体人の褌で相撲を取るような女性が多いのは事実です。
「アンタが医者か!ダンナが医者なだけだろう!」と言いたくなってしまうタイプの嫁が多い。
変にプライドばっかり高いし、威張り散らかしてるし。
そんな女性とは結婚したくありません。
もっと気さくで自立した女性がいい。

私の実家は医者ではないのです。
一介の八百屋。
「跡継ぎを生んだつもりで、なんとも役に立たん医者でも生んでしまった」
父はそう言います。
それでも一人っ子ですから何かあれば休みの日に呼びつけられ、いまでも肉体労働を提供しています。
勤務医なので休日とて気は休まりませんが、それはもう10年勤めていますしなんとか自由が効くようになってきました。
料亭などのお得意先を数多く持っている八百屋なので、このご縁をこの一代で終わらすのも味気ない話ではあるのです。
「あとはお前の嫁さんに賭けるだけだ」と両親はいいます。
自分が死ぬまでになんとか目利きを教えたいと。
いい商品をお届けできるということで今まで可愛がっていただいたのですから、それは裏切れません。
当然経験値というものが必要です。
「孫じゃ間に合わんのだ。そんなに長くは生きられん。」
まだ大病を患ったことがない両親ですが、いい年ですからね。
「良い嫁でも貰ってくれたら教え込むのに。。。勤務医者より儲かるぞ!お前が尻に敷かれるだろう。」
それも愉快な話なので、それが一番いいことだと思うのですが、医者になってしまってからその立場が邪魔をして、なかなかそんなフランクな女性にめぐり合うという機会が無くなってしまいました。

女性は周りに多いのです。
看護師もいますし、患者の方も居ます。
看護師の中には、信頼を大きく寄せている人もいるのですが、それは恋愛になりません。
患者さんがそのように見てくださることもありますが、このような危機的状況下での出会いというのは、長続きすることのほうが少ないのです。
その場の雰囲気に、患者さんが飲まれているだけです。

大学の時からの友人である内科医は、結婚相談所の紹介で結婚を昨年決めました。
そこそこ巧くやっているようです。
CAだった女の人でした。
元来面食いでしたしちょっとした野心家でしたので、きれいな女性を嫁にするというのが必要条件だったのです。
「どこに出しても恥ずかしくない嫁だったらいい。
あとは勝手にしてくれれば、こっちも気楽でいいのだから。
相手はオレの職業と結婚し、オレは相手の外見と卒の無さ、これと結婚したんだ。」
今は愛人も2人抱え、それこそ巧くやっています。
「嫁だってオレの知らないとこじゃ、なにしてるかなんかわからんさ。」
結婚ってそんなもんじゃないだろう。。。内心そう思いましたが、口には出しませんでした。
婚活を始める前に、益々警戒してしまいます。
そういう結婚は私は望まないし、向いていません。

似たもの夫婦の出会い。

水曜日, 7月 25th, 2012

周りの方から見ても、とても仲が良く『似たもの夫婦』だと言われる私と旦那ですが。
交際を始めてから結婚をするまでの時間はとても短い期間だったと思います。

今では毎日一緒に食事を取り、同じ布団に入り眠る毎日ですが。
私と旦那は昔からの知り合い同士ではありませんでした。

そんな奥さんとの出会いは、2年前に遡ります。

私は友人である一人の男性から「気になる人が出来た」
と相談を受ける事になったのですが。

私の友人はとても恥ずかしがり屋な面があり、
食事に誘う事が出来ないと言うのです。

そんな友人の想いを叶えてあげたいと思った私は、
私を含め一緒に食事を取るという提案を出しました。

友人は早速気になる女性へ電話をすると、
女性の方も一人友人を連れて来ると言う形で
食事会が開かれる事になりました。

食事会の当日、私は友人と待ち合わせをして予約していた飲食店へと行きました。
すると感じの良さそうな女性がこちらを見て手を振っていたのです。

その女性こそが私の友人に気になっている女性だったのです。
女性に連れられ席に着くと、女性の友人が座っていました。

私達4人はとりあえずお酒や料理を頼み、他愛無い話をして盛り上がっていました。
次第にその4人で会う事が楽しみになり、週に一度のペースで集まっていました。

ですが友人はあまり進展が無く告白をする機会などもありませんでした。
確かにこのままでは友人として終わってしまうのでは無いかと思う事もあり。
私は女性の友人に相談をし、二人を結びつけようと考えたのです。

二人きりにする時間を増やしてあげたり、デートコースなどを組んだりと。
そういった事をしている内に、ようやく友人は女性と交際を始める事になりました。

交際を始めた友人達は二人で会う事の方が多くなり、もう4人で集まる事も無くなりました。
密かに集まりを楽しみにしていた私は、何だか寂しい気持ちもありました。
ここのお見合いパーティー情報を見てパーティーに参加したり
イベントなどに参加しましたが、やはりどこか寂しくて。

4人で集まる事は無くなりましたが、
友人と交際をした女性の友人とはよく連絡を取るようにして居たのですが。
ある日その女性も「集まりが無くなって寂しい」と私に話してくれました。

お互い同じ気持ちだった事が判り、二人で会う事を約束しました。
それからは暇があれば二人でよく食事に行き、色々な場所にも行きました。

一ヶ月程そんな状況が続き、ある日「大事な話があるの」と電話が来たのです。
いつもはごちゃごちゃとした賑やかな居酒屋さんで食事を取る私達ですが。
この日はなぜかとても静かでお洒落なバーで会う事になりました。

そして「付き合って欲しい」と言われ、私は迷いも無く頷きました。

これが私と現在の奥さんとの出会いでした。
お互いの事を知る期間は、一ヶ月ちょっとしかありませんでしたが。
趣味や性格などがとても似ている事が判り、今では似たもの夫婦になりました。

友人の恋愛のキューピットになろうと決めた事なのに、
まさか自分にも春が来るとは思っても居ませんでした。
まだまだ二人の思い出は少ないですが、これからゆっくりと作って行こうと思います。

高校からの彼女

木曜日, 6月 21st, 2012

僕と彼女は、高校の時に知り合いました。
それから結婚するまでの7年くらい本当に色んなことがありました。

僕の親は彼女のことが好きではありませんでした。
当時僕は男子校、彼女は女子高でよくある合コンに誘われて知り合いました。
付き合い始めて僕の家に遊びにくるようになったのですが、
たぶん見た目だと思うのですが彼女をみて「あんな子はだめよ」みたいなこと言われました。

親が彼女のことを気に入ってなくても僕は関係ないと思ってました。
彼女も親がいるときには家に来なくなりました。

大学進学のために彼女は地元を離れて東京に行くことなり、
僕は・・・一年浪人して彼女を追いかける形になりました。

一年遠距離恋愛をして僕が東京にいったときには、彼女は遊び人になっていました。
でも、最終的にぼくのところに帰ってくればいいと思って僕は彼女が帰ってくるのを待ちました。
それでも僕たちは付き合い続けていたんです。

けれどとうとう大学4年で卒業近くなったとき、彼女の方から「距離を置きたい」と切り出されました。

彼女は就職がうまくいかずどうするべきか悩んでいたのだと思います。
このままダラダラ付き合い続けていいものか、本当に僕のことが必要なのか、
しばらく離れて考えてみたいといった感じのことを言われました。
僕はそんなことを言う彼女のことがやっぱり好きでした。

結局一年くらいその期間がありました。その間に連絡があったのは2回くらい。
その間に他の彼女をつくることもできたけど、別れたわけじゃないので僕はそういうことはせずに
ただただ彼女の返事を待ちました。

その間は寂しいときもありましたし不安なときもありました。
が、そうしてお互いの意思を再確認してから結婚できたことはとってもよかったと思っています。

結婚するとき、昔は彼女のことを好いていなかった親も
僕が見込んだ人だということと長年付き合ったということもあって、見る目を変えてくれました。
よく聞く「嫁姑問題」を心配していたのですが、思ったより大丈夫でした。
親も大人だし、わかってくれたんだと思います。

僕は彼女に距離を置かれた期間があったし、その前にも彼女がフラフラしている時期もありました。
他の人からみたら「都合がいいように扱われてる」と見えたかもしれません。
確かにそういうときもありました。遊ぶ人がいなくなったら僕のところに来る、みたいな。

だけど僕はその方が嬉しかったりしました。他の人とも遊んだけど結局最後は僕を選んでくれる。
最後の頼みの綱みたいな感じですかね。
瀕死の時に助けを求められる人ってすごいと思うんですよね。

そういう存在って誰でもなれるわけでもないと思うから、
僕は彼女にとってそういう存在になれてよかったなと思うし、
彼女が最終的に僕を選び直してくれたことにも感謝しています。

一度距離を置いて考える時期があったからこそ、より固い絆をもって結婚できたと思います。

人見知りの僕でも

火曜日, 6月 19th, 2012

僕は元来、とっても人見知りな性格です。
だから1回2回会っただけで人を好きになったり、ましてや一目惚れなんてもしたことありません。
好きになるときはいつも学校や職場で長い時間一緒に過ごした人だけでした。

そんな僕と今お付き合いしている人との出会いは、実は会社の同僚の紹介でした。
僕はよく会社のサークル活動に参加しているのですが、僕が大失恋したあとにその子を紹介してくれました。

最初に言いましたが、僕は大の人見知りです。
紹介で会うなんて初めてのことだったし、そんなので付き合えるのか最初は不安でした。
初めて会った人と遊ぶとか、わけわかんないです。

今までの僕だったら絶対断ってます。だけど丁度そのとき心境の変化があったんです。
人見知りで内に内にこもるのをやめて外にでて色んな人に会ってみようと思ったんです。
その気持ちは今も続いています。だから昔の僕を知ってる人はみんな「別人みたい」「変わった」とかいいます。
ま、それは置いといて。

実際会ってみて普通に携帯番号を交換して、その後もデートを何回かしました。
意外と普通でした。思った以上に普通にデートできて、自分でもびっくりしました。

相手が落ち着いた人だったというのもあるのかもしれません。
のどかなデート、のどかな休日を送ることができました。

連絡を取り合うペースも合いました。これって結構大事。
仕事が忙しくてメールの返信が遅くなってしまったとき・・・
彼女も忙しいから返信を気にしていられないから特に問題なしです。逆に彼女の方が忙しくて僕の方が待ってるかも。

とはいっても1日1回はメールしますよ。デートは片道1時間半くらいの彼女の家まで、僕がいつもいってます。

付き合い始めて半年は経ちますが、喧嘩はまだしたことがありません。
でも、自分の意見というか考えを伝えることはあります。
彼女は犬を飼ってるんですが、デートの度に「犬の散歩がてら」のように犬をつれてきていました。
最初はよかったのですが、その率が100%だったのでさすがに「たまには2人だけで・・・」といいました。

将来についても話したりしました。結婚について。仕事について。
彼女は今は働いていますが、結婚したあと仕事をしてもが専業主婦になっても
僕はどっちでもいいと思っているのです。が、問題は住む場所です。

僕は今の仕事を続ける気がなくて、将来的には親がやっている事業を引き継ぐために
実家に戻りたいと思っています。
実家には住まないけど、少なくとも今住んでる場所から遠く離れるので彼女も仕事をやめなければいけません。

また、彼女はペットを飼っているけど僕は飼ったことがないので、
どれくらいペット中心の生活になるのかとか話しあったりしています。

共通の趣味はないのですが、不思議だけどうまくいってるんですよね。
お互いがお互いを尊重しているというか。

紹介で知り合ったからこそ、偏った感情や主観が入らずにお互いを正しくよく知り合うことができ、
バランスのよい関係が築けたのかもしれません。

母の死をきっかけに

土曜日, 6月 16th, 2012

それまで母親に何でもやらせていたわけですが、いざ母親がいなくなると、
不便さよりも孤独感のほうに苛まれました。

気がつくと周囲も独身の50近い男と週末ごとに遊びにつきあってくれるような
ヒマな奴はいなくなってました。
でも、そんな年齢になって、さぁ結婚しようと思ったところで相手が見つかるわけがないんです。

趣味といっても釣りぐらいなもので、そうそう女性に出会えるような遊びではありません。
会社も新入社員の女性はみな、二十歳すぎでもう私なんかは「おじさん」でしかありません。
せいぜい、飲みに誘えば「上司だからしょうがない」という態度でつきあってもらえるぐらいでした。

それに私自身、今さら子どもが欲しいとか望んでいたわけでもありませんでした。
ただ、これからの人生を一緒に暮らしていける人、
釣りから帰ってきたら「おかえり」と迎えてくれて、一緒に釣った魚の料理でもしてくれるような、
そんな人が家にいたらと思っていたんです。

家に灯りをともして待ってくれる人がいてほしい、そう切実に願いました。
だから、年齢も若い人がいいというような希望は特にありませんでした。

だからといって、今でいうアラフォー世代? の女性との出会いなんて、
なかなか恵まれるものではなかったです。
職場にいるその年代の女性はまず既婚女性でしたし、釣り仲間になにげなく
「俺も結婚したくなったよ」とこぼしても、ヨメさんの友達もみんなもう結婚しちゃってるよ、と返されて、
紹介してやりたいけど無理だなぁって断られました。

ただ、そのうちの一人に「結婚紹介所みたいなところへ行ってみたらどうだ」とすすめられたんです。
最初は冗談じゃないと思いました。
金を払って結婚相手を紹介してもらうなんて、そこまで望んでいないと思ったんです。
正直な話、なんとなく、男のプライドが傷つけられるような気もしたんです。

だけど、自分で積極的になったつもりでも、1年すぎても結婚相手はみつかりません。
みつからないというより、そもそも、そういう出会いさえなかったというのが現実でした。
お見合いも考えたんですけど、もともと深い親戚づきあいもなくて、
まして母親が亡くなったあとではそういった紹介を頼める人との繋がりも途切れてしまっていました。

お見合いも、結局、間にたって親身に世話してくれる人がいないとどうにもならないんです。